2010年01月08日

「労働価値基準説」 は、本来 「金銀価値説」 への打ち返しとして生まれた

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労働価値基準説」 というと、マルクスが有名ですが、アダム・スミスの

ものは、それと似て非なる考え方です。


アダム・スミスの言った 「労働価値基準説」 とは、

「一生懸命働くということが、富を生むのだ」 ということです。


これは、今でも間違いない考え方です。

この考え方は、ごく当たり前の常識的な考え方です。


しかし、マルクスは、「労働の時間に比例して価値が生まれる」 と考え

ました。

この 「労働の時間に比例して」 という部分が間違ったわけですが、

労働が富を生む、ということ自体は間違っていないのです。


なぜアダム・スミスは、労働価値基準説を唱えたかというと、それまでは、

「金や銀が富だと考える」 重商主義の思想が主流だったという事情が

あります。


重商主義とは、いわば輸出を増やして輸入を減らせば、その分だけ国内に

禁や銀が貯まるという単純な発想です。

要は、金銀財宝をいかに増やすかと言う発想です。


そこにアダム・スミスが登場して、「金銀は富じゃない」と言ったのです。

そして、「みんなが毎年一生懸命働いて生み出していく産物こそが富だ」

と言ったのです。


これは、革命的な考え方でした。

なぜ生産物が富かというと、それが人々の物的欲求を満たして、衣食住を

向上させるからです。


国の金庫に、どれだけ禁や銀があるのかという発想から、人々の幸福のため

に、生活を向上させたいという発想に転換することで、経済学は誕生した

わけです。



この意味で、アダム・スミスの説いた労働価値説は、本来、非常に精神的な

意味合いを持った言葉だったのです。


それ以来、経済学は200年以上にわたって、人々の幸福のために物的欲求

の充足の理論を進化させてきました。


しかし、最近では、その初期の精神を忘れ、ひたすら量的拡大だけを求める

ような経済に傾いていることは、周知の通りです。


だからこそ、私たちは今、アダム・スミスの精神に立ち戻って、精神的欲求

という要素も入れた経済学を創らねばならない局面に立たされています。


今のところ、物的欲求と精神的欲求とを統合した経済学は、理論体系として

はできていません。


その経済学を 「理念経済学」 と呼ぶならば、この理念経済学こそ、

今後の経済学の大きなテーマになっていくはずです。




posted by 青熊 at 11:49| Comment(1) | なるほど経済学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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Posted by 腕時計 店 at 2013年08月03日 13:23
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